辺境の鑑定士 第二話 ギルドの依頼
冒険者ギルドに連れて来られたカイは、倉庫に積まれた山のような未鑑定品の整理を任される。埃をかぶった品々を一つずつ視ていく中で、見覚えのない紋章が刻まれた一品に手が触れた瞬間、彼の脳裏に不穏な映像が流れ込む。
前日の夜、カイはノーラの紹介で安宿の一室を借りることができた。ギルドが身元を保証してくれたおかげで、前払いなしでも泊めてもらえたのだ。都を出てから初めてまともな寝床にありついたカイは、疲れも忘れて天井を見上げていた。この街でなら、自分の力を隠さずに済むかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、眠りに落ちた。
翌朝、案内された冒険者ギルド、ドルムンド支部の建物は、質屋よりもさらに埃っぽかった。
いや、正確には建物自体は立派な石造りで、受付ホールには冒険者たちの活気に満ちた声が響いていた。だが、案内された裏手の倉庫が問題だった。扉を開けた瞬間、カイは思わず言葉を失った。
「……これ、全部ですか」
「そう、全部」
ノーラは悪びれる様子もなく、山と積まれた木箱や麻袋を手で示した。武具、装飾品、書物、得体の知れない道具。ダンジョンから持ち帰られたまま鑑定されずに眠っている品々が、天井近くまで積み上がっている。
「うちのギルドには専属の鑑定士がいなくてね。街の鑑定所に頼むと高いし、遅い。おかげでこのザマさ。冒険者たちが持ち込んだ戦利品が、査定待ちのまま何年も埋もれてる」
「何年も、ですか」
「一番古いのは八年前のがあるって噂だよ」
カイは眩暈がしそうになったが、同時に、胸の奥で何かがざわめくのを感じた。これだけの数の「来歴」が、自分に視られるのを待っている。それは怖さより、むしろ好奇心に近い感情だった。
「条件は先に言っとくよ。査定した品の価値に応じて、歩合で報酬を払う。ギルドの正式な鑑定士として登録するには実績がいるから、まずはこの倉庫を片付けてもらう。できるかい」
「やります」
即答したカイに、ノーラは少し意外そうな顔をしてから、にやりと笑った。
「気に入った。じゃ、明日から頼むよ」
こうしてカイは、辺境の街で最初の仕事を得た。
翌朝から、カイの奮闘が始まった。木箱を開けるたびに、様々な品の来歴が脳裏に流れ込んでくる。
「これは……北の鉱山で採れた鉄鉱石ですね。品質は中の上。相場の八割くらいで売れます」
「この指輪は、量産品の魔道具ですが壊れています。修理費のほうが高くつきますね、残念ながら」
「この本は――おや、珍しい。失われた古代語の写本の一部です。学者に持ち込めば、それなりの値がつくかもしれません」
一つ、また一つと、カイは山を切り崩していった。傍らで記録をつけていたギルドの若い職員は、次第に目を丸くしていった。
「カイさん、それさっき視ただけですよね。図鑑も何も見ずに、よくそこまで分かりますね」
「視えるんです、としか言いようがなくて」
「便利すぎません……?」
その日の午後には、こんな一幕もあった。麻袋の中から出てきた古びた指輪を手に取ると、カイは思わず噴き出しそうになった。
「これは……偽物ですね。しかも相当雑な偽物です。『竜の眼の指輪』と銘打って売ろうとした形跡がありますが、実際は着色したガラス玉です。作った職人の焦りまで視えるくらい、急ごしらえでした」
「詐欺師の忘れ物ってことですか」職員が苦笑いする。「うちのギルド、たまにこういうのも紛れ込むんですよね」
「証拠として残しておいた方がいいかもしれません。似たような手口の品が他にもあれば、同一人物の仕業だと分かりますから」
「なるほど……」職員は感心したようにメモを取った。「カイさん、鑑定だけじゃなくて、そういう推理もできるんですね」
「帳簿係をしていた頃の癖です。数字の矛盾を追うのも、品物の矛盾を追うのも、あまり変わりません」
そんな軽口を挟みながらも、山は着実に低くなっていった。二日目が終わる頃には、木箱の半分以上が査定済みの札を貼られていた。
三日目の昼過ぎ、木箱の底の方から、カイは一つの小箱を見つけた。他の品と違い、丁寧な布に包まれている。開けてみると、中には拳ほどの大きさの、黒く鈍い光を放つメダルのようなものが入っていた。
表面には、見たこともない紋章が刻まれている。翼を広げた鳥のようにも、あるいは複雑に絡み合った文字のようにも見える意匠だった。
カイは何気なく、そのメダルに触れた。
その瞬間――視界が、これまでとは比べ物にならないほど激しく揺さぶられた。
炎に包まれる街。悲鳴。誰かが叫ぶ声。そして、地面に深く沈んでいく何か巨大な影。断片的な映像は繋がらず、脈絡もなく脳裏を駆け巡る。カイは思わず膝をついた。
「カイさん!? 大丈夫ですか!?」
職員の声に、カイはようやく我に返った。額に汗が滲んでいる。
「……すみません、大丈夫です。ただ、これは――」
カイは手の中のメダルを見つめた。今まで視てきたどの品とも違う。来歴が、あまりに古く、あまりに断片的で、そしてどこか、意図的に隠されているような感触があった。
「これ、どこから持ち込まれたものか分かりますか」
職員は台帳をめくり、しばらくして首を傾げた。
「記録がおかしいです……。持ち込んだ冒険者の名前も、発見場所も、空欄になってます。誰かが記入を忘れたのか、それとも――」
「消された、ということもありえますか」
職員の顔から血の気が引いた。
そこへ、騒ぎを聞きつけたノーラが倉庫に入ってきた。カイの手にあるメダルを見た瞬間、彼女の表情が明らかに変わった。
「……その紋章、どこにあった」
「木箱の底です。何か、ご存知なんですか」
ノーラはメダルを覗き込み、しばらく黙り込んだ。その沈黙は、カイがこの街に来て初めて目にする、彼女の躊躇いだった。
「これは……この街が『辺境』と呼ばれるようになる、ずっと前の話に関わるものかもしれない」
「街が辺境と呼ばれる前、ですか」
「詳しくはあたしも知らない。ただ、この紋章に似たものを、街の古い記録で一度だけ見たことがある。触れちゃいけない話だって、先代のギルド長に言われたっけな」
「先代のギルド長さんは、今は」
「五年前に亡くなったよ。あたしが引き継ぐ前にね。引き継ぎの時に一言だけ、『地下に関わる話には首を突っ込むな』って言い残された。あの時は年寄りの思い過ごしだと思ってたけど……」
ノーラは腕を組み、倉庫の天井を見上げた。
「この街、実は建物の下に古い遺構が広がってるって噂がある。冒険者の間でも、酒の席の与太話くらいにしか扱われてないけどね。まさか、こんな形で繋がってくるとは思わなかった」
倉庫の中に、沈黙が落ちた。カイは手の中のメダルを見つめる。錆びた剣とは違う。これは単なる「価値」ではない。何か、もっと大きなものに繋がる鍵のような気がしてならなかった。
「ノーラさん。このメダルの来歴、もっと詳しく視てみてもいいですか」
ノーラはしばらく考え込んでから、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう。ただし、一人でやるのはやめときな。何が視えるか分からない代物だ。明日、古い記録が残ってる文書庫を見せてやる。あんたの目と、記録を照らし合わせれば、何か見えてくるかもしれない」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いよ。むしろ、あんたを厄介事に巻き込んじまうかもしれない。それでもいいのかい」
カイは少し考えてから、答えた。
「都にいた頃は、何も視えないふりをして、誰の役にも立てないまま過ごしてました。ここで初めて、この力が誰かの助けになった。だったら、どこまで視えるか、確かめてみたいです」
ノーラは一瞬、意外そうな顔をしてから、口の端を上げた。
「……あんた、思ったより肝が据わってるね」
窓の外はいつの間にか夕暮れに染まっていた。カイの手の中で、紋章のメダルが鈍く光っている。それはまるで、長い眠りから覚めようとしているかのようだった。
(第三話に続く)