会社の飲み会で潰れた先輩を家まで送ったら、玄関で「帰さない」と言われた
入社一年目の俺が、飲み会で潰れた二十九歳の先輩を家まで送ったら、玄関先で「帰さない」と真顔で言われた。実は先輩はそこまで酔っていなくて、俺がちゃんと確認すると、はっきり「今夜は正気だから」と答えてくれた。
会社の飲み会で潰れた先輩を家まで送ったら、玄関で「帰さない」と言われた。
俺、佐藤蓮、24歳。中堅の広告制作会社に入社して一年目。今夜の飲み会は、俺の配属チームの月次打ち上げだった。相手は藤崎沙耶さん、29歳。同じチームのディレクターで、入社したての俺に一番丁寧に仕事を教えてくれた人でもある。
その藤崎さんが、二次会のカラオケボックスを出たあたりから、明らかにおかしかった。
「れーんくん」呂律が怪しい。「タクシー、拾って、くれる?」
「はい、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない、多分。今日、ハイボール何杯飲んだか覚えてない」
千鳥足で電柱にぶつかりそうになるのを、慌てて支えた。周りの先輩たちは「じゃあ蓮、悪いけど藤崎さんお願い」とあっさり俺に押しつけて、それぞれのタクシーに乗り込んでいった。入社一年目、断れる空気じゃない。
正直、藤崎さんがこんなに酔うところを見たのは初めてだった。普段の藤崎さんは、クライアントとの打ち合わせでも一番冷静で、後輩のミスをフォローするときも声を荒げたことがない。そういう人が、今は俺の腕に全体重を預けてふらふらしている。ギャップというやつなんだろうか。柄にもなく、ちょっとどきどきしている自分に気づいて、慌てて頭を振った。介抱してるだけだろ、これは。
「藤崎さん、家どこですか。タクシー呼びます」
「歩ける。歩けるから、送って」
歩けると言った割に、足元は完全に怪しかった。仕方なく肩を貸して、俺たちは夜の住宅街をゆっくり歩き始めた。
藤崎さんのマンションまでは、歩いて十五分ほどだった。その間、藤崎さんはずっと俺の腕にしがみつくようにして歩いていた。
「蓮くんってさ」ろれつの回らない声で言う。「彼女いるの」
「いないです」
「why」
「why って言われても」
「もったいないのに。真面目だし、優しいし」
酔っ払いの世辞だとわかっていても、ちょっと嬉しかった自分に、内心ツッコミを入れた。いや先輩だから、これは。相手は先輩。上司じゃないけど、五つ年上とはいえ立場が違う。
「蓮くんはさ」藤崎さんが続ける。「いつも敬語だよね。私、そんなに怖い?」
「怖くはないです。ただの礼儀です」
「礼儀かあ。もっと砕けてもいいのに」
「砕けたら砕けたで、また怒られそうで」
「怒らないよ、多分」
多分、のところがやけに引っかかった。何が「多分」なんだろう。深く考える余裕もないまま、俺たちは夜道を歩き続けた。
マンションのエントランスに着くと、藤崎さんはオートロックの暗証番号を三回間違えた。四回目でようやく開いた扉をくぐりながら、俺は聞いた。
「部屋まで送ります。何階ですか」
「五階。……ありがとう、蓮くん」
エレベーターの中で、藤崎さんはずっと壁にもたれていた。目を閉じてる横顔、化粧が少し崩れてるのに、なんかやけに綺麗で、俺は慌てて視線を天井のほうに逃がした。何を意識してるんだ、俺は。相手は完全に潰れてる先輩だぞ。
玄関の前まで送り届けて、鍵を開けるのを手伝ってから、俺は言った。
「じゃあ、俺はこれで」
その瞬間、藤崎さんが俺の袖を掴んだ。
「帰さない」
「……え?」
俺は自分の耳を疑った。藤崎さんは玄関の壁に背中を預けたまま、まっすぐ俺を見ていた。さっきまでのふにゃふにゃした感じが、心なしか消えている気がする。
「藤崎さん、それ、お酒のせいで言ってません?」
「言ってない」
「いや、めちゃくちゃ酔ってましたよね、さっきまで」
「実は、そんなに酔ってない」
藤崎さんが、驚くほどはっきりした声でそう言った。俺は思わず一歩後ずさった。
「は? じゃあ電柱にぶつかりそうになってたの、演技だったんですか」
「半分演技、半分本当。ハイボールは三杯しか飲んでない。でも二次会のあたりから、蓮くんが心配して構ってくれるの、ちょっと居心地よくて、酔ったふりしてた」
とんでもない告白だった。俺は玄関で立ち尽くしたまま、頭の中を整理しようとした。
「なんでそんな、面倒なことを」
「面倒なこと以外の方法が、思いつかなかったから」藤崎さんは少し目を伏せた。「先輩から部下を口説くのって、普通に考えてハラスメントすれすれでしょ。でも蓮くんのこと、けっこう前から気になってて」
「けっこう前からって」
「入社初日、緊張しすぎて名刺の向き間違えたとき」
それ、俺の一番の黒歴史だった。まさか覚えられてたとは。
頭の中で、新人研修で聞いたコンプライアンス講習の一コマが妙にフラッシュバックした。「酔っている相手の言動を真に受けない」「後で判断能力を確認する」――まさかあの講習が、こんな場面で役に立つとは思わなかった。
「今、ちゃんと聞きたいんですけど」俺は一度深呼吸して言った。「藤崎さん、今、正気ですか。判断能力、ちゃんとありますか」
真剣に聞いた。冗談じゃなく本気で。酔った勢いの言葉を、後で「なかったこと」にされるのも困るし、何より、判断力が怪しい人の「帰さない」を真に受けるのは、絶対にフェアじゃない。
藤崎さんは俺の目をまっすぐ見て、はっきりと言った。
「正気。今日はもう、三杯飲んでから水しか飲んでない。頭も、ちゃんと動いてる。蓮くんが心配してるの、わかるよ。でも今夜のこれは、酔った勢いじゃなくて、私がちゃんと選んでること」
「本当に、いいんですか。俺、後輩ですよ」
「後輩とか先輩とか、玄関の外に置いてきていい?」
「一応聞いておきたいんですけど」俺はもう一押し確認した。「これ、明日になって『やっぱりなかったことに』とか言われたりしません?」
「言わない。約束する」
「約束って、口だけじゃなくて?」
「疑い深いね、蓮くん」
「先輩相手に慎重になるの、当然だと思います」
藤崎さんは少し笑って、それから真面目な顔に戻った。
「ちゃんと言うね。私は今、しらふに近い頭で、蓮くんと一緒にいたいと思ってる。これは酔いの勢いじゃなくて、今夜だけの気の迷いでもない。だから、信じてほしい」
その言い方に、俺は覚悟を決めた。
「じゃあ、俺も正直に言います。俺も、藤崎さんのこと、けっこう前から気になってました」
「けっこう前からって、いつから」
「三ヶ月くらい前、俺が資料作り直しで泣きそうになってたとき、藤崎さんだけ残って手伝ってくれたときから」
「それ、ただの先輩の仕事だと思ってたけど」
「仕事以上に見えました、俺には」
藤崎さんは少し笑って、それから俺の手を取った。
「じゃあ、入って」
玄関で靴を脱ぐ間も、藤崎さんはずっと俺の手を握っていた。リビングの明かりをつけると、思ったより整った部屋だった。仕事のできる人らしい、無駄のない部屋。
「飲み物、いる?」
「今はいいです」
「じゃあ、座って」
ソファに並んで座ると、藤崎さんが俺の顔を覗き込んできた。
「蓮くん、緊張してる?」
「してないわけないです。先輩の部屋にいるだけでも、まだ現実感ないのに」
「私も緊張してる。酔ったふり作戦、実は結構賭けだったから」
「賭けって」
「本気で拒否されたら、月曜から気まずいなって思いながらやってた」
その正直さに、俺は思わず笑ってしまった。仕事のできる先輩の、こんな一面を知る日が来るとは思わなかった。
「触っても、いいですか」
俺から聞いた。藤崎さんは少し驚いた顔をして、それから頷いた。
「いいよ」
手を伸ばして頬に触れると、藤崎さんが目を細めた。指先が触れた場所から、お互いの体温が伝わってくる。俺は少しずつ顔を近づけて、唇を重ねた。
最初は軽く、確かめるようなキスだった。でも藤崎さんの腕が俺の首に回った瞬間、キスは自然と深くなっていった。
「ベッド、行こうか」
藤崎さんが囁いて、俺の手を引いた。
寝室に入ると、藤崎さんはベッドの端に座って、俺を見上げた。
「蓮くん、本当にいいんだよね。冷静に聞くけど」
「聞くの、俺のほうだったのに」
「お互い様でしょ。ちゃんと確認するの、大事だから」
「いいです。俺も、ちゃんと選んでます」
その言葉に、藤崎さんは小さく笑って、俺のシャツのボタンに手をかけた。
「じゃあ、脱がせるね」
「俺もやります」
「今日は私にやらせて。年上の意地」
そう言いながら、藤崎さんの指がボタンを一つずつ外していく。丁寧な手つきに、逆にこっちが緊張してくる。シャツを脱がされて、素肌が空気に触れると、藤崎さんの視線が少し柔らかくなった。
「思ったより、鍛えてるんだ」
「そこ、意外って顔しないでください」
「意外じゃなくて、嬉しい発見」
俺も藤崎さんの服に手をかけた。ブラウスのボタンを外していく間、指が震えているのが自分でもわかった。
「俺のほうが緊張してるかもしれないです」
「かわいい」
「それ、年上の余裕で言ってます?」
「半分。あと半分は本気」
素肌が現れると、俺は思わず息を呑んだ。藤崎さんは少し恥ずかしそうに視線を逸らしたけど、隠そうとはしなかった。
「そんなに見ないでよ」
「見ますよ、これは」
「後輩のくせに生意気」
軽口を叩き合いながらも、俺の手は自然と藤崎さんの肌をなぞっていた。首筋に唇を寄せると、藤崎さんの喉から小さな声が漏れた。
「声、我慢しなくていいですか」
「隣の部屋、誰もいないから……多分、大丈夫」
その「多分」が可愛くて、俺はもっと先へ進みたくなった。鎖骨から胸元へ唇を落としていくたび、藤崎さんの背中が小さく震えた。
「蓮くん……そこ」
「嫌ですか」
「嫌じゃない……もっと」
素直な反応に、こっちの余裕もどんどんなくなっていく。下着の中に指を進めると、そこがすでに十分に潤んでいることに気づいて、俺は思わず息を止めた。
「藤崎さんも、緊張してたんですね」
「言わないで、恥ずかしい」
指をゆっくり動かすたび、藤崎さんの腰が小さく跳ねた。「んっ」と漏れる声を、藤崎さんは自分の手で必死に抑えようとしていたけど、途中からもう無理だったみたいだ。
すべて脱ぎ終えると、俺は避妊具の袋を開けながら、もう一度確認した。
「本当に、いいですか」
「もう何回聞くの」
「大事なことなので」
「いいよ。蓮くんが、いい」
その言葉に、俺はゆっくり覆いかぶさった。先端が入り口に触れた瞬間、藤崎さんが小さく息を詰めた。
「ゆっくり、入れますね」
「うん……お願い」
慎重に腰を進めると、狭い場所を押し広げる感覚が伝わってきた。藤崎さんの表情が一瞬こわばる。
「大丈夫ですか」
「大丈夫……ちょっと、久しぶりだから」
「止まりますか」
「ううん、そのまま来て」
言葉どおり、俺はゆっくりと、でも確実に奥まで沈めていった。繋がった瞬間、藤崎さんの喉から抑えきれない声が漏れた。
最初はゆっくり、確かめるように腰を動かした。藤崎さんの反応を見ながら、少しずつ速さを上げていく。動くたびに漏れる声が、だんだん大きくなっていった。
「藤崎さん、声、我慢しなくていいですよ」
「無理……我慢、できない」
その言葉が引き金になったみたいに、藤崎さんの声がもう抑えられなくなっていく。汗ばんだ肌、乱れた呼吸、俺の背中に回った腕の力。全部が愛おしくて、俺は動きを少しずつ速めていった。
「蓮くん……もっと」
その一言に、俺の中の理性が最後の一枚を脱ぎ捨てた。体勢を変えて、藤崎さんを横向きに抱き直すと、繋がる深さと角度が変わって、藤崎さんが一段高い声を上げた。
「今の、いい声でした」
「言わないでって……ば、か」
腰の動きが速くなるにつれて、藤崎さんの声も、俺の呼吸も、どんどん重なっていった。頭の中が白く霞んでいく感覚の中で、先輩とか後輩とか、そういう境界がどんどん溶けていくのがわかった。
「藤崎さん、そろそろ」
「私も……もう」
最後、一段深く沈み込んだ瞬間、藤崎さんが声にならない声を上げて、俺の背中に強くしがみついた。俺も同時に低く息を詰めて、身体をこわばらせた。
しばらく、二人とも動けなかった。藤崎さんの身体はまだ小さく震えていて、額には汗が浮いていた。俺はその汗を、指先でそっと拭った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫……なんか、力が入らない」
「無理させました?」
「無理じゃない。むしろ、めちゃくちゃよかった」
その正直な感想に、俺は思わず笑ってしまった。藤崎さんも笑って、俺の隣に身体を預けてきた。
翌朝、目が覚めると、藤崎さんはもう起きていて、俺の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、蓮くん」
「おはようございます……あの、昨日のこと」
「なかったことにする気?」
「いや、全然。むしろ逆で」
俺は少し焦って言い直した。藤崎さんが小さく笑う。
「冗談だよ。私も、なかったことにする気は全くないから」
「じゃあ、月曜からは」
「月曜からは、ちゃんと先輩と後輩に戻る。仕事中は」
「仕事中は?」
「仕事以外の時間は、蓮くんの彼女として、ちゃんとしたい。それでいい?」
彼女、という単語に、俺は一瞬言葉を失った。飲み会で潰れた先輩を送っただけのはずが、まさかこんな朝を迎えることになるとは思わなかった。
「あと、これも言っておきたいんだけど」藤崎さんが付け加えた。「社内には、しばらく内緒にしよう。ちゃんとタイミング見て、二人で決めて発表する。誰かに急かされてじゃなくて」
「それ、賛成です。俺も、変に噂になるのは避けたいので」
「真面目だね、そういうところ」
「先輩に教わったので」
「うまいこと言うようになったじゃん」
藤崎さんが笑いながら、俺の胸に頭を預けてきた。
「はい」やっと声が出た。「よろしくお願いします」
「敬語、まだ抜けないんだ」
「先輩相手だと、なかなか」
「彼氏になっても、敬語のままなの?」
「切り替え、練習します」
「練習、付き合ってあげる。時間かかってもいいから」
「気長に待っててください」
「気長にって、また敬語」
「あ」
思わず口を押さえた俺を見て、藤崎さんが声を上げて笑った。こんなふうに笑う先輩を見るのは初めてで、俺はその笑顔をもう少し長く見ていたくて、わざと敬語のままでいることにした。
「じゃあ、少しずつ直していこうか。彼氏として」
藤崎さんが笑いながら、俺の頬にキスを落とした。窓の外は、いつもの月曜より少しだけ眩しく見えた。次の飲み会が、ちょっと楽しみになっている自分に、俺は内心で苦笑いした。
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