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八月のメトロノーム

部員はたったの五人。コンクールにも出られない吹奏楽部が、それでも夏の間、体育館の裏で音を合わせ続ける。うまくいかないことばかりの毎日の中で、五人が見つけたのは勝つための理由ではなく、続けるための理由だった。

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体育館の裏には、いつも同じだけの日陰がある。

朝の八時、まだ蝉が本気を出す前の時間に、五人はそこに楽器を運び込む。折りたたみの譜面台を五つ並べると、それだけで裏庭はいっぱいになる。誰かが石を運んできて台にした古いベンチが一つ。あとは砂利と、伸びすぎた夏草と、フェンスの向こうの空だけだ。

高梨中学から進学してきた生徒のうち、吹奏楽部に入ったのは五人だった。入学した年の春、部員名簿にはもっと名前が並んでいた記憶があるが、一年の秋には十二人に減り、二年の春には七人になり、今、三年の夏を迎えて、この五人だけが残った。

パートは、フルートの美咲。クラリネットの陽介。トランペットの葵。ホルンの拓海。そしてパーカッションの千秋。五人で五つの音を出すと、それで一つの部活になる。数の上ではそういうことになっている。

顧問の坂本先生は、去年の春に赴任してきた社会科の教師で、楽器は吹けない。それでも毎朝、体育館の裏まで様子を見に来て、「今日も暑いな」とだけ言って、また職員室に戻っていく。それが坂本先生にできる精一杯の顧問業だということを、五人はもう理解していた。

「今年もコンクール出られないんだね」

美咲がフルートを組み立てながら、誰に言うでもなくつぶやいた。県のコンクール規定では、小編成の部にエントリーするにも最低八人が必要だった。五人という数字は、その基準の下に、はっきりと届かない場所にある。

「知ってた」拓海がホルンのケースを開けながら答えた。「去年もそうだったし」

「わかってるけど、言いたくなる時ってあるじゃん」

美咲がそう言うと、陽介がリードを湿らせながら小さく笑った。

「わかる。俺も毎年一回は言う」

千秋が譜面台の位置を直しながら、パーカッションの練習パッドを地面に置く場所を探していた。本物のドラムセットは音楽室にしかなくて、外での基礎練習はいつもこの小さなパッドが相手だった。

「じゃあ今年の一回目、消化したね」千秋が言った。「あと三百六十四日はコンクールの話禁止」

「厳しいな」

「厳しくしないと、夏休み全部その話で終わるでしょ」

千秋の言葉に、誰も反論しなかった。反論できるほど、事情は変わっていなかったからだ。

それでも、五人は毎朝ここに来る。

理由は、それぞれ少しずつ違っていた。美咲は単純に、フルートを吹いている時間が好きだった。中学の頃から続けてきて、指が勝手に動くようになった今の状態を手放すのが惜しかった。陽介は、家にいるより外にいるほうが気が楽だった。拓海は、去年の文化祭でホルンのソロを吹いたときの、あの一瞬の静けさが忘れられなかった。千秋は、リズムを刻んでいる間だけ、頭の中が空っぽになるのが好きだった。葵だけは、理由をあまり言葉にしなかった。ただ毎朝、誰よりも早くこの場所に来て、トランペットのケースを開けていた。

その日の練習は、いつも通り、坂本先生が持ってきたラジカセでチューニングの音を鳴らすところから始まった。

「せーの」

葵の掛け声で、五つの音がそれぞれの高さから伸びる。ぴったり合うことは、まずない。誰かが高く、誰かが低く、音の輪郭がわずかにずれて重なる。それを少しずつ寄せていくのが、毎朝の最初の作業だった。

「拓海、ちょっと低い」

「わかってる、今直す」

「美咲、今日ちょっと高くない?楽器冷えてる?」

「あ、まだ温まってないかも」

そんなやりとりを重ねながら、音がだんだん一つの線に近づいていく。五本の線が、細い糸のように寄り集まって、やがて一つの太い音になる瞬間がある。それが訪れるまでには、だいたい十分から十五分かかった。

「今日は早かったね」

「うん、いい感じ」

その日の合奏曲目は、去年の文化祭で演奏した曲のアレンジだった。五人編成用に、拓海が自分でパート譜を書き直したものだ。拓海は音大に行くつもりはなかったが、編曲だけは得意で、市販のバンドスコアを五人分に組み替える作業を、去年の冬からこつこつ続けていた。

「拓海の楽譜、また難しくなってる気がする」

「気のせいだよ」

「絶対気のせいじゃない。二週間前より速いパッセージ増えてる」

「みんな上手くなったからちょうどいいと思って」

「持ち上げても誤魔化されないからね」

美咲が笑いながらそう言うと、拓海は少し照れたように視線をそらした。褒められることに慣れていないのは、五人とも同じだった。人数が少ない部活には、褒めてくれる観客もいなければ、比べる相手もいない。自分たちの音を聞いているのは、いつも自分たち五人だけだ。

練習の合間、水分補給の休憩を取りながら、陽介がふと言った。

「うちらの音楽、誰にも聞かれないままなのかな」

その言葉が、日陰の中に静かに落ちた。誰もすぐには答えなかった。

「文化祭では聞かれるじゃん」千秋が言った。

「文化祭は一回だけだし、去年だって、体育館の隅で立ち見の人が数人いただけだよ」

「それでも、ゼロじゃないよ」

「うん、それはそうだけど」

陽介は膝を抱えて、フェンスの向こうの入道雲を見上げた。

「なんかさ、コンクールに出てる学校の演奏を動画で見ると、めちゃくちゃ上手くて。何十人もの音が重なって、すごい厚みがあって。それに比べたら、うちらの音って、すごく小さいなって思う時がある」

「小さいのは事実だと思うよ」拓海が静かに言った。「五人だもん。四十人の学校と同じ音量にはならない」

「そうだよね」

「でも」拓海は続けた。「小さいことと、良くないことは、同じじゃない気がする」

その言葉に、葵が初めて口を開いた。

「私、去年、隣町のコンクール、聴きに行ったことあるんだ」

みんなが葵のほうを見た。葵がコンクールの話を自分からするのは珍しかった。

「すごかったよ。音の壁って感じ。圧倒された。でも」

葵は水筒を膝の上に置いたまま、少し間を空けた。

「帰り道、なんか、思い出せなかったんだよね。どのフレーズが良かったとか、どこで心が動いたとか。すごいって思ったのは覚えてるんだけど、具体的などこがすごかったのか、もう思い出せなくて」

「それは、いい演奏だったからじゃない?」美咲が言った。

「うん、いい演奏だったんだと思う。でも、うちらの練習を毎朝聞いてる時のほうが、私、細かいところまで覚えてる。拓海が昨日のホルンのフレーズをちょっと変えたこととか、千秋がテンポを気持ち速くしたこととか」

葵はトランペットのバルブを指先で押さえながら、続けた。

「大きい音楽には、大きい音楽の良さがあるんだと思う。でも、五人でしか出せない音も、たぶんあるんだと思うんだよね。うまく言えないけど」

沈黙が少しの間、日陰の中に留まった。蝉の声だけが、遠くから近くから、絶え間なく重なっていた。

「私は」美咲が言った。「聞かれるかどうかより先に、今、これが好きかどうかが大事な気がする」

「それは、負け惜しみじゃなくて?」陽介が半分冗談めかして言った。

「負け惜しみでもいいよ」美咲は笑った。「負け惜しみだとしても、好きなものは好きだし」

その言い方が妙におかしくて、五人はしばらく笑った。答えが出たわけではなかった。ただ、その場の空気が、少しだけ軽くなった。

休憩を終えて、また合奏を再開する。今度は拓海が書き直した新しいアレンジの、まだ通したことのない部分だった。

「ここ、テンポ変わるとこ、揃わないね」

「もう一回」

「せーの」

音が合わない。拍がずれる。誰かが走り、誰かが遅れる。止まる。また合わせる。何度も同じ小節を繰り返す。

十回目くらいで、ふいに、五つの音が同時に着地する瞬間があった。テンポの変わり目、それぞれが少しずつ呼吸を合わせて、糸を撚るように音が重なった。

その瞬間、誰も何も言わなかった。ただ、五人が同時に、ほんの一瞬だけ手を止めて、お互いの顔を見た。それだけで、通じるものがあった。

「今の、良かった」

「うん」

「もう一回やろう」

言葉はそれだけで十分だった。

夏休みは長く、暑さは日を追うごとに増していった。エアコンの効いた教室が恋しくなる日もあったが、それでも五人は毎朝、体育館の裏に集まり続けた。時々、坂本先生が麦茶の入ったやかんを持ってきてくれることがあった。それだけで、その日の練習はちょっとしたご馳走のように感じられた。

七月の終わり、朝から空が重く垂れ込めた日があった。予報は雨だったが、まだ降り出してはいなかったので、五人はいつも通り体育館の裏に楽器を運んだ。チューニングを終え、二曲目に入ったところで、ぽつり、ぽつりと大粒の雨が譜面に落ち始めた。

「やば、譜面!」

美咲が声を上げると同時に、五人は一斉に楽器と譜面台を抱えて、体育館の軒下まで走った。間に合わなかった何枚かの譜面は、雨粒で滲んでインクの線が崩れていた。拓海が徹夜で書き直した編曲譜も、その中の一枚だった。

「拓海、これ」

千秋が差し出した譜面を見て、拓海は一瞬だけ黙り込んだ。書き直すのに三日かかった箇所だった。それでも、拓海はすぐに表情を戻した。

「大丈夫。覚えてるから、また書ける」

「手伝うよ」美咲が言った。「私、パート譜だけでも写す」

「私も」葵も頷いた。

結局その日は、体育館の玄関ホールを借りて、五人で濡れた譜面を囲みながら、記憶を頼りに音符を写し直す作業に費やされた。合奏はできなかったが、五人で一枚の譜面を覗き込みながら、ここはこうだった、ここはもう少し高かった、と言い合う時間は、それはそれで悪くないものだった。

「雨の日も、練習になるんだね」

陽介がそう言うと、拓海は笑いながら「そういうことにしとく」と答えた。

書き直した譜面は、雨の跡がうっすらと滲んだ元の譜面よりも、少しだけ丁寧な字で書かれていた。誰かがそのことに気づいて、「前より読みやすい」と言うと、拓海は照れくさそうに、それには何も答えなかった。

八月に入ってすぐ、陽介が二日続けて練習を休んだことがあった。

三日目の朝、いつもより遅れて体育館の裏に現れた陽介に、誰も理由を聞かなかった。それが、この五人の間でできあがっていた、暗黙のルールのようなものだった。聞かれたくないことは、聞かない。話したくなったら、話す。それでよかった。

その日の合奏で、陽介のクラリネットは、いつもより明らかに走っていた。テンポが合わず、フレーズの入りがずれる。三回目に止まったとき、陽介は楽器を膝の上に置いて、俯いた。

「ごめん。今日、うまく吹けない」

「無理しなくていいよ」千秋が言った。

「無理してるわけじゃなくて」陽介は少し間を置いてから、続けた。「なんか、最近、思うんだ。俺がいなくても、この部活、あんまり変わらないんじゃないかって」

誰も、すぐには何も言わなかった。陽介は続けた。

「美咲はフルート歴長いし、拓海は編曲できるし、葵はいつも一番先に来てて、千秋はリズムの要だし。俺、なんか、その中で、自分だけ、いてもいなくても同じ音が鳴ってる気がして」

「それは違うよ」

そう言ったのは、意外にも葵だった。

「陽介のクラリネットの音、私、結構好きだよ。ちょっと丸くて、柔らかい音出すよね。あれ、他の誰にも出せない音だと思う」

「お世辞じゃなくて?」

「お世辞言うほど、器用じゃないし」葵は真顔で言った。

美咲も続けた。

「私も同じこと思ったことあるよ。自分がいなくても変わらないんじゃないかって。でもさ、五人で音合わせてる時、誰か一人抜けたら、絶対何か違う音になると思う。数学的にどうこうじゃなくて、そういうものだと思う」

拓海は何も言わずに、譜面を見ていた。それから、ぽつりと言った。

「俺の編曲、陽介のパート考えながら書いてるよ。陽介の音の出し方に合わせて、フレーズの長さとか変えてる」

「そうなの」

「言ったことなかったけど」

陽介はしばらく黙っていた。それから、小さく笑った。

「ありがとう。もう一回、吹いてみる」

「せーの、からもう一回やる?」千秋が譜面台を直しながら言った。

「うん」

その日の合奏は、結局、最後まで綺麗には揃わなかった。それでも、練習の終わりに、陽介は誰よりも長く楽器の手入れをしていた。マウスピースを丁寧に拭き、リードをケースにしまいながら、陽介はぽつりとつぶやいた。

「明日も来る」

「毎日来てるじゃん」千秋が笑った。

「それでも、言いたかった」

八月の半ば、拓海が新しく編曲した曲がようやく通しで演奏できるようになった日、五人は誰からともなく、その場に座り込んだ。

「疲れた」

「でも、良かったよね、今の」

「うん、良かった」

日は高く、蝉の声は相変わらずうるさかった。フェンスの向こうを、部活帰りらしい別の生徒たちが通り過ぎていく。その中の誰も、この裏庭で何が起きていたか知らない。それでいいのだと、拓海は思った。誰かに見せるための音楽ではない。自分たちのために鳴らしている音楽が、たまたま今日、いい形にまとまっただけのことだ。

「文化祭、今年も出るんだよね」千秋が確認するように言った。

「出る」美咲がすぐに答えた。「今度のこの曲、文化祭でやろう」

「まだ粗いとこあるけど」

「粗くても、いいんじゃない。粗いのも含めて、うちららしいし」

葵がぽつりと言った。

「私たち、コンクールには出られないけど」

みんなが葵を見た。

「毎朝、こうやって音を合わせるのは、コンクールのためじゃなかったんだなって、最近思う」

「じゃあ何のため?」陽介が聞いた。

葵は少し考えて、それから笑った。

「わかんない。でも、今、ここで音を合わせてること自体が、目的だったんじゃないかな。結果じゃなくて」

「哲学だね」千秋がからかうように言った。

「うるさいな」

でも、その言葉は、みんなの中に静かに落ちていった。誰も否定しなかった。

八月の終わりが近づくと、朝の空気に、わずかな変化が混じり始めた。蝉の声の合間に、どこか涼しい風が一瞬だけ吹き抜けることがあった。夏はまだ終わっていなかったが、その気配だけは、確かに近づいていた。

その日も、五人は体育館の裏に集まっていた。譜面台を五つ並べ、チューニングの音を出す。ぴったりとは合わない五つの音が、少しずつ寄っていく。

「せーの」

音が重なる。今日もまだ完璧ではない。誰かが少し走り、誰かが少し遅れる。それでも、五人はまた最初から吹き直す。何度でも、合うまで。

コンクールには出られない。観客もほとんどいない。それでも、この夏、五人は毎朝ここに来て、音を合わせ続けた。うまくいかないことのほうが多かった。それでも、うまくいかないことに、いちいち押しつぶされずにいる方法を、五人は少しずつ覚えていった。折り合いをつける、ということが、たぶんそういうことなのだろうと、拓海は思うようになっていた。

夏の終わりに近づくにつれて、文化祭の準備が本格化していく。パート練習の時間が増え、拓海の編曲はさらに手を加えられていく。相変わらず人数は五人のままで、これから増える見込みもなかった。それでも、五人は自分たちにできることを、少しずつ積み重ねていた。

ある朝、練習の後片付けをしながら、美咲がふと言った。

「来年、私たち引退したら、この部活どうなるんだろう」

誰も答えを持っていなかった。今の一年生には、まだ入部希望者はいない。このままでは、来年の春、部そのものがなくなる可能性のほうが高かった。

「なくなるかもね」拓海が正直に言った。

「寂しいな」

「うん」

「でも」千秋が譜面台を折りたたみながら言った。「なくなるとしても、今、私たちがここでやってたことは、なくならないんじゃない」

「どういう意味?」

「うまく言えないけど。この夏、毎朝ここで音合わせたこと自体は、消えないっていうか」

美咲は少しの間、その言葉を噛みしめるように黙っていた。それから、小さく頷いた。

「そうだね」

譜面台を片付け、楽器をケースにしまい、五人は体育館の裏を後にした。日陰はまだそこに残っていて、明日の朝、また五人がそこに戻ってくることを、静かに待っているようだった。

蝉の声は、まだしばらく続きそうだった。夏はまだ終わっていない。文化祭までの日々の中で、五人はこれからも、あの日陰の中で音を合わせ続けるだろう。コンクールという目的地はないまま、それでも足を止めずに。

その先に何があるのか、五人にもまだわからない。わからないままで、明日もまた、体育館の裏に集まる。それだけが、今の五人にとって、確かなことだった。

夏休みが終わり、二学期が始まってすぐの土曜日に、文化祭はやってきた。

体育館のステージは、吹奏楽部の持ち時間として二十分だけ割り当てられていた。他の学校のように、パンフレットの表紙を飾るような目立つ演目ではない。プログラムの中では、「吹奏楽部演奏」という短い一行があるだけだった。

それでも、五人は朝から緊張していた。控室代わりの音楽室で、美咲はフルートのジョイント部分を何度も確認し、陽介はリードを何本も試し吹きして、一番状態のいいものを選んだ。拓海はホルンのバルブオイルを差しながら、譜面の最終確認を繰り返していた。千秋はスティックを握ったり離したりしながら、廊下を歩き回っていた。葵だけは、いつもと変わらない様子で、トランペットのケースを開けて、静かに座っていた。

「緊張してないの」美咲が聞いた。

「してるよ」葵は答えた。「でも、緊張してることを気にしすぎると、余計緊張するから、気にしないようにしてる」

「それ、コツになってる?」

「なってないかも」

ステージに出る番が来た。五人は横一列に並び、それぞれの位置についた。体育館の客席には、去年よりも少し多くの人が座っているように見えた。保護者らしい大人たちに混じって、同じ学年の生徒たちの顔もちらほらと見えた。数えるほどの人数だったが、確かに、誰かがそこにいた。

坂本先生が舞台袖から小さく手を振った。それが合図だった。

葵が息を吸い、トランペットを構える。ほかの四人も、それに合わせて構えを取った。

指揮者はいない。五人はお互いの呼吸と、譜面台の端に置いた小さなメトロノームの、最初の一打だけを頼りに演奏を始める。それが、この部活のやり方だった。

最初の一音は、揃った。

そこから先の二十分間、演奏は決して完璧ではなかった。テンポの変わり目で、ほんの一瞬、拓海のホルンが遅れた。サビの手前で、美咲のフルートが少し走った。それでも、誰も止まらなかった。互いの音を聞き、微調整しながら、五人はその場で音楽を組み立て続けた。夏の間、毎朝繰り返してきたことと、まったく同じことだった。ただ、聞いている人がいるという一点だけが、違っていた。

曲の終わり、最後の一音が体育館に響いて、少しの間、静寂があった。それから、拍手が起きた。大きな拍手ではなかったが、確かに、五人の耳に届く拍手だった。

ステージを降りた後、五人はしばらく何も言わずに、控室の廊下に座り込んでいた。

「終わったね」

「終わったね」

「粗かったよね、あそこ」拓海が言った。「テンポ変わるとこ」

「うん、ちょっとね」千秋が笑った。「でも、まあ、うちららしいってことで」

美咲がぽつりと言った。

「聞いてくれる人、いたね」

「いたね」

「来年はもう、私たちいないけど」

「うん」

誰も、その先を悲観的に続けなかった。ただ、事実として、そこに置いた。来年、この部活がどうなるかは、まだ誰にもわからない。それでも、今日この二十分間、五人が確かにここで音を鳴らしたことだけは、消えずに残る。拓海が最初に言った言葉が、そのままここに戻ってきたようだった。

廊下の窓から、夕方に近づいた空が見えた。夏の終わりの気配が、もうすぐそこまで来ていた。それでも、まだ完全には終わっていない。五人はその微妙な境目のような時間の中に、しばらく座り続けていた。

「明日、練習ある?」陽介が聞いた。

「あるよ」千秋が即答した。「引退まで、あるよ」

「だよね」

その先に何があるのか、五人にもまだわからない。わからないままで、明日もまた、体育館の裏に集まる。それだけが、今の五人にとって、確かなことだった。

(了)

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