小説のプロットの作り方:三幕構成・起承転結・序破急の使い分け
プロットは「書く前に物語の骨を決めておく作業」である。作り方を調べると、三幕構成・起承転結・序破急という三つの言葉がすぐ出てくる。そして、この三つを同じものの言い換えとして説明している解説が多い。実際には出どころも扱っている対象も違う。混ぜて覚えると、どれを使っても手が動かないという状態になりやすい。
ここでは、まずプロットを育てる手順を示し、そのうえで三つの言葉が何の理論なのかを出典に当たって整理する。
一文のログラインから始める
最初に作るのは、物語全体を一文にしたものである。脚本や企画の世界ではログラインと呼ばれる。形は決まっていて、「誰が」「どんな状況で」「何をしようとして」「何と対立するか」が入っていればよい。
たとえば「臆病な見習い魔術師が、師を殺した術の正体を突き止めるため、禁じられた書庫に忍び込む」。この一文があれば、以降どの場面を書くか迷ったときに戻れる。逆に、一文にまとまらない企画は、たいてい主人公が誰なのか、何を求めているのかが決まっていない。プロットの作業の半分は、この一文を書けるようにすることに使われる。
一文が書けたら、次は八行から十二行くらいの粗筋にする。ここでは各行が一つの場面に対応するようにしておくと、後で書く分量が見積もれる。五千字の短編なら場面は五つから八つ、一場面あたり六百字から千字。この計算ができると、企画が現実的かどうかが先に分かる。
三幕構成が言っていること
三幕構成は、二十世紀の映画脚本術として整理された枠組みである。英語圏の解説では、シド・フィールドが一九七九年の著書『Screenplay』で定式化したものとされ、三つの幕はそれぞれセットアップ(設定)、コンフロンテーション(対立)、レゾリューション(解決)と呼ばれる。
フィールド自身が公開しているワークシート(The Paradigm Worksheet)に書き込まれている数値は少ない。三つの幕にそれぞれ SET-UP / CONFRONTATION / RESOLUTION の名が付き、第二幕は前半と後半に割られている。数値として記されているのは、プロットポイントIが約二十〜三十ページ、プロットポイントIIが約八十〜九十ページ、中間点が約六十ページ、この三つだけである。幕ごとのページ配分やプロットポイントの定義文は、このワークシートには書かれていない(書籍『Screenplay』の側にある)。
ここからは、その三つの数値からの読み取りになる。第一幕は冒頭から二十〜三十ページまで、第二幕はそこから八十〜九十ページまで、第三幕はそれ以降。第二幕はほぼ六十ページ分あり、前後の幕を合わせた長さに匹敵する。つまり、真ん中がいちばん長い。おおよそ一対二対一と整理されるのはこのためである。
小説に移すときに重要なのは、ページ数ではなくこの比率のほうである。初心者の原稿でよく起きるのは、設定説明の第一幕が全体の半分を占め、対立が始まる前に息切れすることで、この比率はその予防になる。五千字なら、千二百字・二千六百字・千二百字が目安になる。第一幕の終わりで主人公が引き返せない選択をし、中間点で状況の意味が変わり、第二幕の終わりで最後の対決へ押し出される。プロットポイントは、この「幕の変わり目にあたる出来事」を指す。
起承転結と序破急は、物語論として作られたものではない
まず起承転結。これは物語論ではない。デジタル大辞泉は「漢詩、特に絶句の構成法」と定義し、第一句の起句で詩意を言い起こし、第二句の承句でそれを受け、第三句の転句で素材を転じて発展させ、第四句の結句で全体を結ぶ、と説明している。精選版日本国語大辞典は律詩への適用も示す。もともとは四行の詩をどう組むかという作法で、四字熟語の辞典によれば、これが連歌や俳諧に適用され、さらに散文の構成にも応用された、という順序である。古い形は「起承転合」だった。
注意したいのは「転」の中身である。日本大百科全書は「転句は場面を転換するが、人の意表に出るような奇抜さが必要」であり、そこが一つの見どころになる、と述べている。場面の転換は前提であって、それだけでは足りない、という構えである。物語に移せば、状況が変わるだけでなく、読者の見え方まで変わる箇所ということになる。ここを「三幕構成でいう第二幕の途中」などと機械的に対応させると、どちらの理解も壊れる。
次に序破急。これは雅楽から来ている。文化デジタルライブラリーの説明では、序破急は舞楽の当曲を構成する楽章の名称であり、序はきわめてゆっくりした無拍節の楽章、破は少し速くなった緩やかな拍子の楽章、急は最も速い拍子の楽章を指す。序から破、破から急へと、しだいに速いリズムになっていく構造である。同じ資料は、序破急を完備している楽曲は少なく、これは楽曲構成の理想型を表す概念である、とも述べている。
世阿弥はこれを能に持ち込んだ。辞典の記述によれば、『風姿花伝』に「一切の事に序破急あれば申楽もこれ同じ」とあり、一曲の構成から一日の演能全体にまで適用された。ここで見落とされやすいのが段の数で、能の一曲は序が一段、破が三段、急が一段の五段構成とされる。序破急は三分割ではない。真ん中が三倍の厚みを持つ、速度と密度の設計思想である。室町期には連歌・俳諧・茶道にも応用された。
三つをどう使い分けるか
ここからは整理である。三つは対応表にならない。役割で分けると使いやすい。
三幕構成は分量の配分の道具である。全体を書き始める前に、どこまでを設定に使い、どこから対立を始め、どこで畳むかを数字で決められる。長さの見積もりが要る長編・連載向き。
起承転結は一場面や一話の運びに効く。四行で書ける単位なので、一話二千字前後のWeb小説の各話をどう締めるか、という粒度に合う。転をきかせた話は次が読まれる。
序破急は加速の設計である。同じ密度で最後まで書かない、後半ほど場面を短く切って畳みかける、という判断の根拠になる。終盤が間延びする原稿に効く。
一本の作品でこの三つを同時に使ってもかまわない。ただし「三幕構成の第二幕は起承転結の承にあたる」といった翻訳はしないほうがよい。異なる文化圏の、異なる目的の道具である。
五千字の短編を実際に組んでみる
手順だけでは動きにくいので、前節までの道具で一本組んでみる。ログラインは「臆病な見習い魔術師が、師を殺した術の正体を突き止めるため、禁じられた書庫に忍び込む」。分量は五千字、場面は六つ、比率は一対二対一で千二百字・二千六百字・千二百字とする。
第一幕(二場面、千二百字)。師の葬儀の場面で、主人公が周囲から「あなたには無理だ」と扱われることを見せる。ここで主人公の欠けているもの、つまり自分の判断を信じられないことが出る。次に、遺品の中から書庫の鍵が出てくる。これが発端の事件で、主人公は選択を迫られる。
第二幕(三場面、二千六百字)。書庫に忍び込む。ここが第一の転回点で、以後は引き返せない。中間点では、探していた術の記録が見つかると同時に、師が自らその術に手を出していたことが分かる。目的が「犯人探し」から「師をどう理解するか」へ入れ替わる。この入れ替わりが中間点の仕事である。三つ目の場面で、書庫番に見つかり、追い詰められる。
第三幕(一場面、千二百字)。主人公は逃げず、自分の判断で術を使う。結末では、師の死の真相を口にするかどうかを主人公が決める。第一幕で「自分の判断を信じられない」と置いた欠落に、ここで答えが出る。
この骨組みは十五分で書ける。書けたら、各場面の頭に一行ずつ「この場面で読者に分からせること」を添える。添えられない場面は、たいてい不要な場面である。
あらすじは三段階の粒度で持つ
書く前に作るあらすじと、投稿するときに載せるあらすじは別物である。手元には三段階で持っておくとよい。一文のログライン、十行前後の場面表、そして読者向けの紹介文。
読者向けの紹介文には、投稿サイトの側に上限がある。小説家になろうでは、あらすじは十文字以上千文字以内で入力する仕様になっている。千文字という枠は、書こうと思えば結末まで書けてしまう長さである。だが紹介文は要約ではなく、読み始めてもらうための文章なので、実際には二百字から四百字で足りることが多い。誰が、どんな状況で、何をしようとしているか。結末は書かない。
手元の場面表と読者向けの紹介文を混同すると、あらすじ欄に設定資料が並ぶことになる。書き手の道具と、読者への案内は分けておく。
プロットを作らずに書くやり方
プロットを立てずに、書きながら物語を見つけていく書き方もある。人物と最初の状況だけを決めて、あとは書きながら考える。この方法の利点は、書いている本人が先を知らないので、途中で予想外の展開が出てくることと、人物の反応が生々しくなることにある。
代償は三つある。第一に、途中で行き詰まったときに戻る場所がない。第二に、書き上がった原稿の前半と後半で話の筋が食い違い、推敲ではなく書き直しになりやすい。第三に、完成までにかかる時間が読めないので、締切のある場に出しにくい。
折衷案を勧める。決めるのは終わりの一文と、中間点で何が起きるかの二つだけにして、途中の道順は書きながら決める。三幕構成でいえば、第三幕の着地と中間点だけを固定して、第二幕の中身は空けておく形になる。この二点があるだけで、行き詰まったときに引き返す先ができる。
どちらが優れているという話ではない。ただ、最初の一本については、プロットを立てるやり方のほうが完成率は高い。産みの苦しみを味わうのは、一度完成させたあとでも遅くない。
プロット作りでつまずく場所
プロットが設定資料になってしまう場合。世界の歴史や魔法の体系を書き込むうちに、誰が何をする話なのかが出てこない。判別法は簡単で、書いたものに動詞が少なければ設定資料である。プロットは出来事の並びなので、各行が「〜する」で終わっているかを見る。
プロットを立てた途端に書く気が失せる場合。先が全部見えてしまうと、書く作業が答え合わせになる。この体質の人は、中間点から先を空けておく。あるいは、場面の順番だけ決めて中身は決めない。
プロット通りに書いたのに退屈になる場合。多くは、出来事は並んでいるが人物がそれを望んでいないために起きる。各場面で主人公が何を欲しがっているかを書き添えると直ることが多い。ここは人物の作り方の記事の領分になる。
途中で話が変わってしまう場合。これは失敗ではない。書きながら見つけたもののほうが良いことは普通にある。そのときはプロットを直す。プロットは契約書ではなく地図であり、地図が実際の土地と違っていたら、直すのは地図のほうである。