小説の最初の一本を書き切る方法:分量・書き出し・止まらない進め方
「小説を書きたい」と思ってから何年も経つのに一本も完成していない、という状態はめずらしくない。原因は才能の話であることが少なく、机に向かう前に空欄のまま残している項目の話であることが多い。分量、書き出す場所、終わり方、締切。この四つを先に埋めてから書き始めると、完成する確率は目に見えて変わる。
この記事は「完成させる」ことだけを扱う。プロットの組み立て、人物の作り方、描写、推敲は、それぞれ別の記事に分けてある。ここでは、白紙から完結までを一度通すための道順を、決める順に並べる。
一本目の分量は五千字前後に置く
世の中が「短編」「長編」と呼んでいる範囲は、公募の規定を見るとつかめる。日経「星新一賞」は一般部門が一万字以内、ジュニア部門が五千字以内。電撃小説大賞(第34回)はカクヨム経由の応募で短編が一万字以上三万字以内、長編が十万字以上十五万字以内、ワープロ原稿なら一ページを四十二字×三十四行に設定したうえで長編八十〜百三十ページ、短編十五〜三十ページとしている。
つまり業界の目盛りでは、一万字あたりが短編の下限、十万字が長編の入口ということになる。ただしこれは応募作の寸法であって、初めて書く人の目標ではない。最初の一本は五千字前後を勧める。 四百字詰め原稿用紙で十三枚弱、一日五百字なら十日で終わる。この長さなら書いている途中で構成を忘れないし、書き上がったものを一息で読み返せる。この二点が、初回にはどんな技術より効く。
字数は常に見えるようにしておく。多くの投稿サイトでは編集画面やプレビューで文字数を確認でき、手元のエディタにも字数表示がある。書き始める前に、自分の環境のどこに字数が出るかを確かめておく。進んだ量が数字で見えないと、あと何日かが読めず、そこで気力が落ちる。
短編から始める理由
投稿サイトの側は短編を特別扱いしていない。カクヨムのヘルプは、一つしかエピソードのない短編小説を書くこともできるし、多数のエピソードを一話二話と積み上げていく連載小説を書くこともできる、と説明している。小説家になろうをはじめ他のサイトでも、作品を作り、話を書き、設定を入れて公開する、という骨格は変わらない。短編でも連載でも通る道は同じである。
そのうえで短編を勧める理由は三つある。第一に、完成という経験が技術より先に要る。終わりまで書いた人と書いていない人では、次に書くときの見通しの立ち方がまったく違う。第二に、連載は更新の約束を発生させる。読者が一人でも付くと、止まることが「裏切り」に感じられて、かえって書けなくなる。第三に、短編は全体を一度に読み返せる。十万字の原稿は、直したい箇所を見つけても構造ごと動かすことになり、初回でそれをやると高い確率で完結前に力尽きる。
短編を勧めることと、短編を軽く見ることは別である。五千字には五千字の設計が要る。人物は多くて三人、場所は一つか二つ、時間の幅は一日か、長くても数日。この制限は不自由に見えるが、実際には迷う余地を減らしてくれる。登場人物を十人置いた原稿は、書いている本人が誰の話か分からなくなる。
長編を書きたい人が短編を書くのは遠回りではない。十万字の作品も、内側は数千字の場面の連なりである。場面を一つ書き切る訓練は、そのまま長編の部品作りになる。
書き出す場所は冒頭でなくてよい
「書き出せない」の中身は、たいてい「一行目が決まらない」である。一行目は作品全体の印象を決めるので緊張する。だが冒頭は、作品が全部見えてからのほうが正確に書ける。順序を入れ替えてよい。
先に決めるのは終わりである。「誰が、何をして、どうなったか」を一文で書いて手元に置く。たとえば「臆病な見習い魔術師が、逃げずに一度だけ立ち向かい、師の遺した術を自分のものにする」。この一文があれば、途中でどこへ向かっているか分からなくなっても戻ってこられる。
次に書くのは、一番書きたい場面である。その場面のために小説を書こうとしているのだから、そこが最も筆が進む。書きたい場面を書いてしまうと燃料が尽きるのではないか、と心配する人がいるが、実際には逆のことが多い。手元に「もう書けている数千字」があると、前後をつなぎたくなる。冒頭は最後に書く。
締切は自分で作るしかない
十一月の三十日間で五万字を書く、という催し(NaNoWriMo)が一九九九年に始まり、二十年以上続いた。運営していた非営利団体は二〇二五年四月二日に閉鎖を発表しており、理由として資金難と運営上の問題が挙げられている。催しの方法論が否定されたわけではない。この仕組みが効いていたのは、期限と数値と人目が同時に置かれていたからである。同じ三つを自分で用意すればよい。
作り方は三通りある。一つ、公募の締切を借りる。星新一賞は第14回が二〇二六年十月六日十七時、電撃小説大賞は第34回が二〇二七年四月十日二十三時五十九分となっている。回ごとに日付も規定字数も変わるので、使うときは必ず公式の応募要項を見ること。二つ、投稿サイトの予約投稿機能を使う。公開日時を先に指定してしまえば、締切が自分の意思の外側に移る。使える機能と設定の細かさはサイトによって違うので、そのサイトのヘルプで確かめること。三つ、誰かに日付を言う。友人一人でよい。
三つのうちどれを選ぶにせよ、締切は「原稿を仕上げる日」ではなく「公開する日」に置くほうがよい。仕上げる日は自分の判断で何度でも動かせるが、公開する日は動かすと具合が悪い。人目という要素は、この差から生まれる。
締切と一緒に決めるのは一日の分量である。一日五百字を十日、が最初の一本には合う。調子がよくても千五百字で止めて、翌日に続きが書けるところを残しておくと、次の日に机に着くのが楽になる。
書く道具は、無料のもので足りる
道具を買うところから始めると、それ自体が着手を遅らせる。最初の一本は無料の環境で足りる。
もっとも手数が少ないのは、投稿サイトの編集画面にそのまま書くやり方である。カクヨムも小説家になろうも、ブラウザ上で本文を書いて保存できる。字数が同じ画面に出るので進み具合が見え、そのまま公開まで行ける。難点は、書きかけが一つの場所にしか無いことと、集中を切らす通知のある画面で書くことになる点である。
もう一つは、手元のエディタやアプリで書いて、完成したものを貼り付けるやり方。パソコンに最初から入っているメモ帳やテキストエディット、スマートフォンの標準メモでかまわない。そのうえで、無料で始められる選択肢を二つ挙げておく。
一つは Nola。小説を書く人向けの執筆ツールで、iOS・iPadOS 版は無料(アプリ内課金あり)で配布されている。原稿の執筆だけでなく、プロットの作成や登場人物などの設定管理までを一つの場所でまとめられるのが特徴で、端末間の同期や縦書きプレビューもある。プロットと設定を別ファイルで散らかしがちな人に向く。
もう一つは LibreOffice Writer。オープンソースのオフィススイート LibreOffice に含まれるワープロで、Windows・macOS・Linux 向けに無料で公開されている。小説専用の機能はないが、長い文書を扱う道具として堅く、原稿を自分の手元のファイルとして持てる。
どちらを選ぶにせよ、機能と提供条件は変わるので、導入前に公式サイトの記載を確認すること。縦書きで書きたい、ルビや傍点を打ちながら書きたいといった要求は、一本目を書き終えてからで間に合う。
道具に付ける条件は二つだけでよい。書きかけが二か所以上に残ること、そして開いてから一行目を打つまでが速いこと。前者は原稿の消失対策で、クラウドに置くか、書き終わりに自分宛てにコピーを送るだけでも足りる。原稿が飛んだ経験は、一本目の書き手を高い確率で止める。後者は習慣の問題で、起動に時間のかかる環境は、それだけで机に向かう回数を減らす。
途中で止まる場所と、その抜け方
止まる場所はだいたい決まっている。
冒頭を何度も書き直してしまう場合。これは前節のとおり、冒頭を後回しにすれば消える。どうしても頭から書きたいなら、一行目は「とりあえずの一行」と決めて、直さないまま先へ進む。
設定を調べ始めてしまう場合。中世の食事や剣の重さを調べるうちに三日が過ぎる。調べ物は本文に「〔要確認:この時代の朝食〕」と印を残して先へ進み、書き終えてからまとめて片づける。調べ物は逃避の形をとりやすい。
中盤で飽きる場合。多くは「この先に何を書くか」が決まっていないために起きる。終わりの一文に戻り、いま書いている場面がその終わりにどうつながるかを一行で書けるか確かめる。書けなければ、場面を捨てて終わりに直結する場面へ飛ぶ。
自分の文章が下手に見える場合。これは進行中の原稿を読み返すと必ず起きる。書いている間は読み返さない、と決めてしまうのが早い。直すのは全部書き終えてからで、それは推敲という別の作業である。書きながら直す癖がつくと、冒頭だけが何度も磨かれて後半が存在しない原稿ができあがる。
数日空いて、続きの書き方を忘れた場合。前日の終わりに「次に書く場面」を一行だけメモしておくと復帰が速い。それも無い状態で戻ってきたなら、直前の五百字だけを読み返して、そこから続ける。全部読み返すと、その日は読み返しだけで終わる。
書く気力そのものが落ちている場合。分量目標を一日五百字から百字に下げる。百字は二、三文である。ゼロの日を作らないことのほうが、一日の量より効く。数日おきに千字書く人より、毎日百字書く人のほうが完成に近いことが多い。
書き切った日にやること
最後まで書けたら、その日のうちに三つだけやる。完結の設定を入れること。日付と最終字数を記録すること。そして、読み返さずに閉じること。
書き上げた直後は自分の文章に近すぎて、粗も良さも見えない。数日置いてから推敲に入る。ここで読み返して落ち込み、公開せずに終わる人が多い。二本目の企画をこの日にメモしておくと、原稿を寝かせている間の手持ち無沙汰が埋まる。
ここからは整理
以上のうち、出典で裏が取れているのは公募の規定字数と締切、投稿サイトの仕様、NaNoWriMoの経緯である。「五千字から始める」「終わりを先に決める」「書いている間は読み返さない」は、完成率を上げるための当サイトの推奨であって、唯一の正解ではない。頭から順に書くほうが速い人はいるし、三万字の作品をいきなり完成させる人もいる。
ただし、決めずに始めるやり方だけは勧めない。分量・終わり・締切のうち二つ以上が空欄のまま書き始めた原稿は、止まったときに戻る場所がない。最初の一本については、窮屈に感じるくらい決めてから始めたほうがよい。二本目からは、自分に合うところだけ残して崩していけばよい。