小説のキャラクターの作り方:設定表を作らずに人物を立ち上げる

キャラクターを作ろうとして、まず身長・体重・誕生日・血液型・好きな食べ物の欄がある表を埋め始める人は多い。埋め終わったあと、その人物が一行も動かないことに気づく。表が悪いのではなく、順番が逆になっている。

人物は、属性の集合ではなく選択の主体として立ち上がる。何を欲しがり、何を恐れ、何をしないか。この三つが決まっていれば、状況を放り込むだけで人物は動く。逆に、髪の色を十通り考えても、状況に対する反応は一つも決まらない。以下、その三つをどう決め、どう本文に出すかを順に書く。

設定表は後から作るもの

設定表そのものは有用である。長編になれば目の色を忘れるし、連載中に矛盾も出る。ただしそれは、書きながら決まったことを記録する台帳としての役割で、書く前に埋めるべき用紙ではない。

書く前に決める項目は少ないほどよい。多く決めるほど、書いているときに「設定と違う」という理由で自然な反応を捨てることになる。先に決めるのは三つ、書きながら決めるのが残り全部、という配分を勧める。

その三つが、欲望と欠落と禁じ手である。

欲望・欠落・禁じ手を決める

欲望は、その人物がこの物語のあいだ欲しがっているものである。条件は具体物であること。「幸せになりたい」「認められたい」では場面が作れない。「三年前に別れた妹に手紙を出せるようになりたい」「工房の親方に自分の作った刃物を見せたい」まで下ろす。具体物になっていれば、達成/未達成が場面の中で判定でき、それが物語を進める。

欠落は、本人が自覚していない不足である。欲望が表の目標なら、欠落は裏の課題になる。手紙を出せない人物なら、欠落は「自分が許されるはずだという前提を持てないこと」かもしれない。この二つがずれているほど、物語に深さが出る。欲しいものを追いかけるうちに、本当に足りないものに触れてしまう、という構造ができるからである。

禁じ手は、その人物が絶対にしないことである。嘘をつかない、人前で泣かない、金を借りない。何でもよいが、一つは決めておく。禁じ手は二つの働きをする。読者に人物像を短く伝えることと、終盤で破らせたときに大きな出来事になること。禁じ手を破る場面は、説明なしでその人物が変わったことを示せる。

三つが決まったら、それぞれ一行で紙に書いて手元に置く。ここまでで十分ほどしかかからない。試しに一人組んでみる。欲望は「破門された師の墓を、正式な墓地に移したい」。欠落は「自分より他人の評価を先に信じてしまうこと」。禁じ手は「頼み事をしない」。この三行があれば、役所の窓口で断られる場面も、親切な相手に手を貸すと申し出られる場面も、書く前から人物の反応がおおよそ決まる。頼み事をしない人物が頼まざるを得なくなる場面を最後に置けば、それだけで終盤の山ができる。

三つのうち、迷ったら欲望から決める。欠落は書いているうちに見えてくることが多いし、禁じ手は欲望が決まれば「その欲望のためでも、これだけはしない」という形で出しやすい。

「優しい」と書かずに優しさを見せる

人物の性格を地の文で説明すると、読者は覚えるが信じない。「彼は優しい人間だった」と書かれても、読者にとっては作者の主張でしかない。行動で示すと、読者は自分で判断したことになるので、その判断は覆りにくい。

行動で示すには、割に合わない場面を作るのが早い。優しさを見せたいなら、優しくすると自分が損をする場面に置く。勇気を見せたいなら、逃げても誰にも責められない場面に置く。ただ親切にする場面をいくら並べても、性格の証明にはならない。読者が見ているのは、その人物が何を選んだかではなく、何を捨ててそれを選んだかである。

説明を完全に禁じる必要はない。地の文で一言まとめたほうが速い場面はある。目安として、その性格が物語の結末に関わるなら行動で示し、関わらないなら一言で済ませる。全員を行動で描き切ろうとすると分量が足りなくなる。

もう一つ実用的なのは、同じ状況に複数の人物を置いてみることである。雨が降ってきた路上で、三人の人物がそれぞれどうするか。傘を差し出す、走り出す、そのまま濡れて歩く。三人が同じ反応をするなら、まだ書き分けられていない。口調を変えるより先に、選択を変える。

相手役を先に作る

主役だけを作り込んでも物語は動かない。能では、主役をシテといい、シテと応対してその演技を引き出す役をワキと呼ぶ。文化デジタルライブラリーの説明では、ワキは僧や神官、武士など現実に生きている大人の男性の役で、面をつけず、幽霊ではない。つまり、こちら側の現実に足を置いた人物が、あちら側の人物の内側を引き出す構造になっている。

小説でも同じことが要る。主人公の欲望や欠落は、それを問う相手がいて初めて言葉になる。作るときは、主人公の欠落をいちばん突いてしまう人物を一人置くとよい。悪役である必要はない。むしろ善意で突いてくる人物のほうが強い。

能では、シテとワキのほかに、それぞれに準ずるツレ・ワキツレ、狂言方が演じるアイ、子方、地謡、囃子方といった役が定められている。役の種類が先にあり、そこへ個々の曲が当てはめられていく構造である。小説でこの表をそのまま借りる必要はないが、「主役」「引き出す役」「その供」「場を説明する役」というくらいの役割分担を意識しておくと、人物が増えたときに整理しやすい。

相手役を作るときも、決めるのは欲望・欠落・禁じ手の三つでよい。そのうえで、主人公の欲望と相手役の欲望が両立しないように置くと、放っておいても場面が生まれる。両立するなら、どちらかの欲望をずらす。

類型から入るやり方もある

型にはまった人物を書くのは悪いことだ、という思い込みは捨ててよい。歌舞伎には役柄という仕組みがある。文化デジタルライブラリーの歌舞伎事典は、役柄を「身分や年齢、物語における役割などによる登場人物の類型」と説明し、一つの役柄には衣裳や化粧など見た目にも分かりやすい特徴があるとする。大きくは立役(男性の善人)、敵役(男性の悪人)、女方に分かれ、さらに荒事・和事・実事といった下位分類がある。

「はじめての歌舞伎」の解説は、役柄がある目的をはっきり書いている。役柄ごとに衣裳や化粧、かつら、演技のかたちがある程度決まっているので、どのような人物が登場したのか判別しやすくなっている、という説明である。類型は手抜きではなく、伝達の速度を上げる装置なのである。

Web小説の環境では、この速度がとくに効く。読者は一覧から選び、冒頭の数百字で読むかどうかを決める。人物が何者かを早く掴ませることには実利がある。だから類型から入ってよい。そのうえで、類型に対して一点だけずらす。冷徹な参謀が、動物の前でだけ言葉が下手になる。この一点が、類型を人物に変える。ずらす点は一つで足りる。二つ三つとずらすと、こんどは何者か分からなくなる。

名前と外見はいつ決めるか

名前は書き始める前に決める。呼び方が定まらないと、地の文でも会話でも書きにくいからである。ただし凝る必要はない。同じ行に二人並べたときに見分けがつくこと、頭文字が重ならないこと、読者が読み方に迷わないこと。この三条件を満たせば十分で、意味の込め方は後から足せる。ルビを振れば読めない字も使えるが、読者が心の中でどう呼ぶかを考えると、読み下しやすい名のほうが記憶に残る。

外見は、書きながら必要になった分だけ決める。全身を最初に描写しても、読者はほとんど覚えていない。覚えられるのは一つか二つの特徴だけなので、その人物を思い出す手がかりになるものを一点選ぶ。左手の火傷、いつも上着の襟を立てている、笑うと片方の目だけ細くなる。この一点を場面ごとに繰り返すほうが、初出で五行かけて説明するより効く。

年齢・出身・家族構成といった項目は、本文で必要になった瞬間に決めて、決めたら台帳に書き足す。この順序なら、設定表は書きながら育ち、矛盾の防止という本来の役目を果たす。

「キャラが勝手に動く」とはどういう状態か

書き慣れた人が「キャラが勝手に動いた」と言う。神秘的な現象のように語られるが、中身は制約の効果である。欲望と欠落と禁じ手が十分に決まっていると、ある状況に置いたときに取れる行動が数個に絞られる。作者が選ぶのではなく、条件が答えを出す。それを内側から見ると「勝手に動いた」と感じる。

だから、動かないのは想像力が足りないからではなく、決めていないからであることが多い。人物が動かないと感じたら、その人物が今この場面で何を欲しがっているか、一行で書けるか試すとよい。書けなければ、そこが空欄である。

一方で、勝手に動く人物に従いすぎると別の問題が起きる。プロットと違う方向へ話が伸び、着地しなくなる。対処は、プロットの側を直すか、人物の側の条件を見直すかのどちらかである。人物が拒んでいるのは、たいてい作者が場面の都合で不自然な行動をさせようとしているときなので、まずはプロットを疑う。

人物作りでつまずく場所

主人公だけ薄くなる場合。脇の人物には特徴を付けたのに、主人公が空っぽに見える。これは、主人公を読者の入れ物にしようとして意図的に個性を抜いた結果であることが多い。欲望を一つ具体的に与えるだけで直る。

人数が増えすぎる場合。五千字の短編に十人出すと、誰も印象に残らない。目安として、五千字なら名前を持つ人物は三人まで。それ以上の人物が要ると感じたら、二人分の役割を一人にまとめられないか先に検討する。

口調だけで書き分けている場合。語尾を変えても、同じ状況で同じ選択をするなら同一人物である。選択を変える。

全員が作者の意見を言う場合。作者が正しいと思っていることを、どの人物も違う言い方で言っている状態。防ぐには、作者が間違っていると思う立場を、真剣に主張する人物を一人置く。その人物が言い負かされない場面を一つ作れれば、物語は議論として成立する。

出典

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