漫画を1本描き切るまで:企画からペン入れ・仕上げまでの全工程
漫画を1本描き切るまでにやることは、実のところ決まっている。企画・プロット・ネーム・下書き・ペン入れ・仕上げの6工程を、この順に通すだけである。にもかかわらず最初の1本が完成しないのは、工程を知らないからではなく、どこにどれだけ時間がかかるのかが見えないまま描き始めるからだ。全体の長さが分からない道は、途中で必ず心が折れる。
この記事では6工程の中身と、それぞれにかかる時間の目安、そして最初は何ページを目指すべきかを整理する。ネームの作り方そのもの、コマ割りと構図の技術、縦読み、道具の選び方は別の記事に分けてある。ここは全体の地図にあたる。
最初の1本の大きさを先に決める
描き始める前に決めるべき唯一の数字が、ページ数だ。これが決まらないと、プロットの粒度もネームの配分も決められない。「面白い話ができてから長さを考える」という順番は、ほぼ確実に破綻する。長さが決まっていない話は、書いているうちにいくらでも膨らむからだ。
商業の新人賞がどれくらいの長さを求めているかは、応募要項を見れば分かる。集英社の社会人少年漫画賞は「15ページ以上55ページ以内」で、左ページから始まるように描くことを求めている。講談社の週刊少年マガジン新人漫画大賞は「50ページ以内」。**下限を設けていない賞もあり、集英社の例では15ページから受け付けている。**つまり、賞に出すために何十ページも要るわけではない。
ただしこれは最初の1本の目標ではない。ここからは整理だが、一度も完成させたことがない人が最初に狙うべきは8ページ前後、多くても16ページだと考えている。理由は単純で、8ページなら「起こる出来事が1つ」で収まるからだ。CLIP STUDIO の公式講座も、プロットからネームを起こす練習の題材として8ページを使っている。1つの出来事を、始まり・変化・決着の3つに割れば、それだけで8ページは埋まる。
40ページを目指して5ページで止まった人と、8ページを描き切った人とでは、次に進める距離がまるで違う。**完成の経験そのものが技術である。**8ページを3本描けば24ページになるが、その3本で学ぶことは、24ページを1本描いて学ぶことより多い。工程を3回まわせるからだ。
工程1・2:企画とプロット(合計2〜5時間)
企画は「誰が、何をして、どうなる話か」を1〜3行で書くことだ。ここで書けないものは、40ページかけても書けない。逆にこの3行が立っていれば、後の工程は全部その3行への奉仕になる。
書き方の型を一つ挙げておく。「○○な主人公が、△△という事情で、□□をする話」。○○には主人公の欠けているもの、△△には放っておけない外からの圧力、□□には主人公が取る行動を入れる。3つのどれかが空欄になるなら、まだ企画ではなく思いつきの段階だと考えてよい。
つまずきどころは「思いつかない」ではなく、たいてい「思いついたものが平凡に見える」である。抜け方は、平凡かどうかの判定をここでやめること。企画の段階での面白さと、完成した漫画の面白さは別物である。判定は読者がする。
プロットは企画の3行を場面の列に開く作業である。8ページなら場面は3〜5個で足りる。1場面につき1〜2行、「どこで・誰が・何をして・その結果どうなったか」を書く。
台詞をここで書き込みたくなるが、まだ早い。プロット段階で台詞を作り込むと、後のネームでコマに入りきらず、全部書き直しになる。逆に、その場面が終わったとき状況がどう変わったかは必ず書いておく。変化のない場面はネームで削られる候補だからだ。
工程3:ネーム(8〜15時間)
ネームは、ページごとのコマ割りと、そこに入る絵・台詞のアタリを描く設計図だ。ここが漫画制作の心臓部で、全工程で最も時間を使ってよい場所である。
工程表の上で押さえるべき点は一つ。ネームは紙とペンだけで何度でも直せるが、ペン入れ済みの原稿は直せない。直す費用が最も安いこの段階で、直しきっておく。
どう組み立てるか、何回描き直すのか、止まったときにどうするかは、別記事「ネームの作り方」にまとめた。
工程4・5:下書きとペン入れ(1ページ4〜7時間)
下書きは、ネームのアタリを「線が引ける状態」まで詰める工程だ。人物の関節の位置、背景のパース、コマ枠の実寸を確定させる。
ここで手が止まる原因はほぼ一つ、描けない角度を描こうとしていることである。抜け方は二つある。資料を見て描くか、描ける角度に構図を変えるか。初心者は後者を選んでよい。ネームは動かしていいものだ。俯瞰の全身が描けないなら、腰から上のカットに変えて、状況説明は台詞か背景に逃がす。それで話が伝わるなら、その選択は正しい。
もう一つの止まり方が「背景が描けない」である。ここも逃げ道は用意されている。場面の最初の1コマだけ背景を入れ、以降は人物とトーンで持たせる。3Dの背景素材を下敷きに使う、写真をトレースするのではなく参考にして描く、といった方法も一般的だ。全ページに背景を入れなければならない決まりはない。
ペン入れは線を確定させる作業で、6工程のうち最も時間の読める場所でもある。速く終わらせたいなら、線幅を最初に決めておくとよい。人物の輪郭・服のしわや髪の内側・背景、この3段階に分けて太さを固定するのが分かりやすい。迷いながら太さを変えると、ページごとに絵の印象が変わってしまう。
順番は、コマ枠 → 人物 → 背景 → 効果線、が扱いやすい。枠を先に引くと、絵がどこまで入るかが確定するので、はみ出しの修正が減る。
工程6:仕上げ(1ページ1〜2時間)
ベタ(黒く塗る箇所)、トーン(灰色の網点)、効果線、台詞の写植、消し忘れのチェックがここに入る。
台詞は最後に流し込むのではなく、ネームで決めた位置に置く。位置を後から決めると、絵の見せたい部分に吹き出しが被る。トーンは「影を全部貼る」のではなく、そのページで最も見せたいものを浮かせるために貼ると考えると迷いが減る。全部に貼れば全部が沈む。
デジタルの場合、書き出し設定を間違えると全部やり直しになる。モノクロ原稿は書き出し時の表現色を「モノクロ2階調(トーン化)」にし、出力倍率100%で出す、というのが公式の案内である。解像度や原稿サイズの詳細は「制作環境の整え方」にまとめた。
合計の見積もりと、続けるための仕組み
上に挙げた時間は、絵を描き慣れていない人が8ページのモノクロ読み切りを初めて描く場合の、当サイトの見積もりである(出典のある数字ではない)。足し上げると、下書き16〜24時間、ペン入れ16〜32時間、仕上げ8〜16時間、これに企画からネームまでの10〜20時間が乗って、合計50〜92時間になる。週に10時間使えるなら5〜10週間だ。
これを「思ったより長い」と感じたなら、それが正しい認識である。ページ数を減らす判断はここでする。描き始めてから減らすのは難しい。
途中で止まる原因は、才能でも根性でもなく、ほとんど次の3つに絞られる。
一つ目は、完成形が見えないこと。ネームまで通してあれば残りは作業なので、ネームを終わらせるまでを第一の山と考える。ネームが終わった時点で、その作品は7割方できていると思ってよい。
二つ目は、1回の作業単位が大きすぎること。「今日は下書きをやる」では始められない。「今日は3ページ目のコマ1と2の下書き」まで割ると手が動く。縦に工程、横にページ番号を並べた表を作り、1マスずつ塗り潰す形にすると、進んでいることが目に見える。
三つ目は、締切がないこと。締切は自分で作っても効かないので、外から借りる。新人賞の応募締切、同人誌即売会の入稿日、友人と決めた読み合わせの日。どれでもよいが、他人が関わる日付であることが条件になる。
締切から逆算するときは、工程の順に足していくのではなく、後ろから引くとよい。提出日の3日前を仕上げの完了日に置き、そこからペン入れ・下書きの日数を引き、残った日数がネームに使える期間になる。この引き算をすると、たいていネームの期間が足りないと分かる。そこで初めてページ数を削る判断ができる。順に足していく計画では、足りないことが最後まで分からない。
絵の練習は、作品制作と分けて置く
「まだ絵が下手だから、上手くなってから1本目を描く」という順番は勧めない。上手さの基準は自分の中で上がり続けるので、その日は来ないからだ。それに、漫画で必要な絵の力は、一枚絵の上手さとは別物である。読者が知りたいのは「誰が」「どんな顔で」「どこにいて」「何をしたか」で、そこが伝わる線であれば、まず足りている。
とはいえ練習が要らないわけではない。分けて置くのがよい。作品制作の時間は、詰まっても調べ物に逃げず手を動かす時間にする。練習の時間は、その作品で描けなかった角度・ポーズ・背景を、後から個別に潰す時間にする。作品で見つかった弱点を練習の題材にすると、練習の目的が具体的になり、続きやすい。何を練習すべきかが分からないのは、作品を描いていないからであることが多い。
なお、アナログで描くかデジタルで描くかは、1本目の時点では大きな問題にならない。どちらでも8ページは描き切れる。判断材料は別記事「制作環境の整え方」に整理した。今すでに手元にある道具で始めるのが、いちばん早い。
描き終えたあとにやること
完成したら、必ず誰かに読んでもらう。自分の原稿は、描いている間に頭の中で補完されてしまい、伝わっていない箇所が見えなくなる。感想を求めるときは「面白かったか」ではなく「話の筋を説明してもらえるか」を頼むとよい。説明が食い違った箇所が、伝わっていない箇所である。
そして、直すより次を描くほうがよい場合が多い。1本目の弱点はたいてい構成にあり、構成の直しは描き直しに等しい。それなら2本目を新しく描いたほうが、同じ時間で得るものが大きい。1本目は完成させること自体が目的だったのだから、それは達成されている。