人体の描き方をどう学ぶか:アタリ・比率・手足・資料
人体は、絵を描く人がいちばん長く付き合うことになる題材である。同時に、いちばん「描けない」と自覚しやすい題材でもある。顔は描けるのに首から下が描けない、立ち絵は描けるのに座らせると崩れる、といった詰まり方は誰にでも起きる。この記事は、その学び方を扱う。色や構図については別の記事があるので、ここでは形と比率の話に絞る。
アタリは「形」ではなく「位置」を決めるためのもの
アタリ(当たり)とは、本描きの前に薄く引く下描きの下描きのことである。多くの初心者はこれを「ざっくりした形」だと理解していて、そのせいで効果が出ていない。アタリの目的は形ではなく、位置の決定にある。頭がどこにあり、肩がどこで、腰がどこで、足先がどこに来るか。この座標が先に決まっていれば、あとから細部が多少ずれても絵は破綻しない。
CLIP STUDIO の公式講座では「アタリ」という語は使われていないが、「目安」という言い方で、これに相当する手順が示されている。曰く「最初に、頭のてっぺんから足の先まで、ここに描きたい、と思う場所に目安を描いてください」、そして「この中にキャラクターをはめていきます」。さらに「頭身が決まったら体の各部の位置が決まります」とも述べている。呼び名は何であれ、先に置くのは全体の高さで、各部の位置はそこから決まる、という順序が要点である。逆順で描くと——たとえば顔から描き始めると——顔の大きさに引きずられて全身が画面に入らなくなる。
アタリを飛ばして本描きから入る人は少なくない。速く見えるからである。しかし飛ばした場合、位置の誤りに気づくのは細部を描き込んだ後になる。そこで気づいても、描き込んだ分を捨てる決断ができず、そのまま歪んだ絵を仕上げることになる。アタリは時間を増やす工程ではなく、やり直しの範囲を小さく保つ工程だと考えたほうが実態に近い。
実際に描くときは、アタリを二段階に分けるとよい。第一段階は、画面のどこに人物を置くかを決める棒人間程度のもの。第二段階は、胴体を箱、頭を球、四肢を円柱として置き直したもの。第一段階で構図を確定させ、第二段階で立体を確定させる。この二段階を一枚にまとめようとすると、どちらも中途半端になる。デジタルなら別レイヤーに分け、不透明度を下げて残しておく。
頭身と比率という、覚えれば済む部分
人体の比率には、覚えてしまえば毎回考えなくてよくなる部分がある。ここは暗記が効く数少ない領域なので、先に押さえておくと楽になる。
CLIP STUDIO の公式講座が挙げている目安は次のとおりである。成人男性は7.5頭身、成人女性は「成人男性より少し背を低くして」7頭身くらい、高齢の人物はそこからさらに下げて6頭身くらい、赤ちゃんは「頭がすごく大きい」ためデフォルメして3頭身くらい。全身のバランスとしては、肩幅は頭の1.5倍程度、股下が身長の中心(2分の1)、膝下は股下の2分の1。腕については、肘が腰からみぞおちの上あたり、手首が股と同じ高さに来る。顔の中では、目が頭の長さの半分の位置、鼻の下端が目から顎までの中間、唇の下が鼻の下端から顎までの中間にあたる。
これらは「そう描かなければいけない数値」ではなく、自分の絵が崩れているかを確かめるための物差しである。デフォルメの強い絵柄なら頭身は意図的に崩す。ただし崩すためには、崩す前の基準を知っている必要がある。8頭身のスタイルの良い人物を描きたいなら、7〜7.5頭身という基準を知ったうえで意図的に伸ばす。基準を知らずに伸ばすと、伸ばしたのか間違えたのか自分で判別できなくなる。
確認の手順としては、描き終えた絵の上に横線を引いて頭身を数える、股下が中心に来ているかを見る、という機械的な検算を挟むのが確実である。感覚で見ると、自分の絵は見慣れているせいで崩れに気づけない。左右反転表示も同じ理由で有効になる。
手と足という難所
手が描けないという訴えは、初心者から中級者まで一貫して多い。理由は、手が関節の多い立体でありながら、日常的にはっきり見ているつもりになっているからである。「知っているつもり」と「描ける」の距離がいちばん遠いパーツだと言ってよい。
CLIP STUDIO の公式講座(動画講座の記事化)では、手を4つのパーツ——親指、親指の付け根、親指以外の4本指、手のひら——に分けて考える方法が示されている。また指の関節について、4本の指は付け根の少し下、手のひらの部分から曲がるという点を挙げている。指の付け根を一直線に並べず「小さく山を描くような配置」にすると手らしくなる、という指摘もある。練習方法としては、カメラや鏡を使って自分の手を確認し、パーツごとにアタリを取り、骨や肉づきを意識して描くことが勧められている。
つまり、手の資料は自分の左手(右利きの場合)という形で常に手元にある。これは無料で、いつでも、どんな角度でも用意できる資料であり、使わない理由がない。スマートフォンで自分の手を撮り、そのまま模写する。これを10回やると、手に対する苦手意識はかなり減る。
手を描く順序としては、手のひらの板を先に置き、そこから指の付け根の稜線を引き、指を1本ずつ伸ばす、という流れが崩れにくい。指から描き始めると、5本の指が手のひらに収まらなくなる。また、指をすべて同じ長さで描かないこと。中指がいちばん長く、人差し指と薬指がそれに次ぎ、小指が短い。この長短がついているだけで、手はかなり手らしく見える。
足は手ほど語られないが、別の難しさがある。足は靴を履いていることが多く、裸足の構造を知らないまま靴だけ描こうとすると形が取れない。足を「くさび形の塊+かかとの球+足首の円柱」として捉え、そこに靴をかぶせる順序で描くと安定する。また、立ち姿で足を描くときは、足裏がどの高さの床に接しているかを先に決める。左右の足が違う高さの床に立っている絵は、初心者の絵で頻出する破綻である。
資料の使い方
資料を見て描くことは、ずるではない。見ないで描けることは目標ではあっても、練習の条件ではない。ここは最初にはっきりさせておいたほうがいい。
無料で用意できる資料はいくつかある。第一に、自分の体である。鏡とスマートフォンがあれば、手・足・顔・服のしわは撮れる。第二に、3Dモデルである。Blender は公式サイトが「Free and Open Source software, forever」と述べているとおり無料で、GNU GPL のもとで商用・教育を含むあらゆる目的に使える。人体モデルを配置してアングルを変えれば、パースのついた人体を自分で作れる。有料ソフトの機能になるが、CLIP STUDIO PAINT の3Dデッサン人形は、身長スライダーで頭身が連動して変わる仕組みや、写真から人物ポーズを推定する「ポーズスキャナー」を備えている(Ver.1.8.6以降)。こうした機能が必要になったときに有料ソフトを検討すればよい。
資料の使い方には段階がある。①そのまま模写する、②角度や体格を変えて描く、③資料を見ずに描いてから資料で答え合わせをする。①だけを続けると資料が無いと描けなくなり、③だけをやると間違いが固定される。順に上げていくのが実際的である。
注意点として、他人の写真やイラストをトレースしてそのまま公開することは、著作権の問題になり得る。著作権情報センターの解説によれば、私的使用のための複製が認められるのは「自分自身や家族、ごく親しい少人数の友人など限られた範囲内で使用することを目的とする場合」である。練習として手元で描くことと、投稿することは分けて考える。自分で撮った写真を資料にするなら、この問題はそもそも起きない。
「デッサンは必要か」という問い
この問いは繰り返し議論されていて、両方の立場に根拠がある。
必要だとする側の根拠は、人体を立体として把握する力が、あらゆる絵柄の土台になるという点にある。デフォルメされたキャラクターも、立体として成立していなければ角度を変えたときに崩れる。座らせる、寝かせる、見上げる構図にする——こうした変形に耐えるのは、平面の形の記憶ではなく立体の理解である。実際、絵柄を変えても崩れない人は、たいていこの土台を持っている。
不要だとする側の根拠は、目的との距離にある。石膏像を鉛筆で描く訓練と、キャラクターイラストを描く技能は、重なる部分もあるが同一ではない。目指す絵が明確にあるなら、その絵に必要な要素を直接練習したほうが早い。デッサンに時間を割いた結果、描きたかった絵を一枚も描かないまま離れてしまう人もいる。練習が目的化するのは実在する失敗である。
ここからは整理になるが、初心者にとっての落としどころは次のあたりだと考える。第一に、石膏デッサンという形式にこだわる必要はない。必要なのは形式ではなく「立体として見る」という視点である。第二に、その視点は、身の回りの物を観察して描くことでも十分に鍛えられる。マグカップ、椅子、自分の手。これらを立体として捉えて描くことは、広い意味でのデッサンにあたる。第三に、デッサンだけを先にやるのではなく、描きたい絵と並行させる。比率としては、描きたい絵を描く時間のほうを多くしてよい。
つまり「デッサンは必要か」への答えは、形式としてのデッサンは必須ではないが、立体を読む練習は避けて通れない、というあたりに落ちる。そして立体を読む練習は、無料で、身の回りの物で、今日から始められる。
つまずきどころと抜け方
顔は描けるが体が描けない——顔を描く回数と体を描く回数が釣り合っていない。顔を描いたら必ず首と肩まで描く、というルールを課すと変わる。
立ち絵しか描けない——アタリの第二段階(胴体を箱として置く)を飛ばしている可能性が高い。箱を先に傾けてから、その上に人物を乗せる。
左右の手足の長さが揃わない——アタリの段階で関節位置に点を打ち、左右で高さを揃えてから肉付けする。描いてから直すのは難しい。
資料を見ると絵が硬くなる——資料をそのまま写しているため。一度資料を見て、閉じてから描き、そのあと見返して直す、という手順に変える。
同じポーズしか描けない——描けるポーズが少ないのではなく、試したポーズが少ない。1日1ポーズ、自分で撮った写真から起こす、という積み上げが効く。